WK22 興味を持ったこと

 大豆田とわ子と三人の元夫 第6話

 

 今回は、まさに一つの幕が終わることをまざまざと描かれている。

幕が閉じるという表現はやや乱暴なのかもしれない。人生の幕が閉じるのはなくなる時であり、人生は何はともあれ続いていく。それは今回の終盤でも描いていた、1年後の生活である。

そういう意味ではステージの転換があったのが今回というべきなのだろう。転換が強引には見えたが、わざとらしさは感じなかった。それはきっと、彼女ら4人の離れ方、別れ方がなんとはなしに納得できるからであろう。

よく坂元裕二の話はながら見を許さないという。今回の話を見て、何となくわかってしまうのは、これまでの話の伏線というには野暮な、蓄積があったからであろう。

その点話をまとめるための赤ペン瀧川は、この作品にとって不釣合いとしか言いようがない。これは赤ペン瀧川のYoutubeの再生回数の伸び悩んでいることが残酷に示唆している。

エリックホブズホーム『The Age of Extremes the Short Twentieth Century 1914-1991』ABACUS, 1994.

 本書は近年訳書でも出た、筆者による20世紀の通史である。

通史といえるのは、政治・経済のみならず科学芸術の分野も等しく取り扱っている。本書を読むと、筆者の中でソ連という存在、もっと広く言えば共産主義が20世紀の中で大きな要素を占めていたということが分かる。それを傍証するものとして、戦後生まれの若者がチェゲバラに憧れたことなどを描写する。20世紀は共産主義は様々なアイコンとなったといえる。

また本書を読むと政治が浸透したのが20世紀の特徴だったと思える。普通選挙権の拡大やウーマン・リブがといった、政治の担い手の裾野が広がったといえる。他方で、芸術や科学の分野に国家が関わる範囲が拡大したのもこの時代の特徴といえる。こうした巨視的な視野で見れる【見れた気になる】のが、通史を読む面白さであろう。

WK21面白いコンテンツ

日本テレビ「コントが始まる」5月15日

自分と同年代の葛藤がテレビで見れるのは貴重だ。今の時代は、ドラマではみんな割と恋愛が多く自分はなかなかついていけない。

だが、このドラマではずーっと自分の人生をどう選ぶかが描かれている。延長もよし、それでもいつかは選ばないといけない。潤平のいう「すすむも地獄、やめるも地獄」は何かを選ぶことのしんどさがよく伝わって、身につまされた。

自分も同世代として、何かを知らず知らずのうちに選択していて、その選択は正しいのかと考えされられる。

熊本史雄『幣原喜重郎』中公新書、2021年

 本書はタイトル通り、幣原喜重郎の生涯、特に外務官僚から外相として活躍した時代を描く。本書を読むと幣原の手法は同時代から見ても古臭いやり方であることがよくわかる。幣原は明治そして大正の諸外国の使節から外交の基礎を学び、自身の外交観を形成した。彼の外交観は公明性と長期的な視野がポイントであった。彼の外交観は、外務官僚として立身出世を果たす上で有用であった。

しかし、彼が外相として活躍するころには、中国は新しい革命外交という様式を用い、国内では軍部の台頭があった。そうした中で幣原のやり方は守旧的であり、軟弱と評された。とはいえここまでは従来の幣原の描かれ方である。幣原は2回目の外相を退任したのち、戦時中はほとんど隠遁の生活を送る。幣原は被害者として扱われることが多い。

だが、本書では幣原が満蒙の権益をあくまで重視していたこと、アメリカの新外交や中国の革命外交を批判していたことを取り上げ、幣原のまなざしの中に現代から見れば批判され売るべき側面があったことを指摘する。

これが新書で評伝を読む面白さであろう。幣原のやり方を賛否両論から描くことで幣原の考え方だけでなく、その時代の思想も表出させることができるのである。

そして、幣原は隠遁したままで生涯を終えることはなかった。戦後首相として政界に復帰し、新たな日本国憲法の策定に関与した。本書では彼は9条という戦後日本を表象する規範ともなっている部分について、自らが立案者としてふるまうことで、日本国内で憲法を受容させようとした人物として描かれている。短期的に見れば、マッカーサーとことを荒立てず、なおかつ国内政治を安定させるための苦肉の策であったのであろう。事実、本書では幣原自身がそこまで憲法の改正を重視していなかったことが指摘されている。

とはいえ、幣原が重視したのは、長期的視野による外交であったはずだ。彼が9条の発起人としてふるまうことが長期的に見て、理に適っていたか、今の戦後日本はまだその答えを出せていないように思う。

君塚直隆『王室外交物語』光文社新書、2021年

 本書は王室が生まれた古代エジプトから現代の王室までの外交、対外関係の構築の仕方をエピソードを交えつつ描いている。

まず、本書はエリザベス女王がモロッコやベルギーでの接遇に対して不満をもって、勲章やその後の訪問などに濃淡が出るようになったといった面白い内容をちりばめることで本当に物語のように読みやすくしている。

次に、本書では外交は対等な関係であるとお互いに了解してから始まるということが強調される。確かに、中国王朝の華夷秩序などは交流の側面はあるが、あくまで中国が主人であることがポイントとなっている。国家の相互承認など外交が当たり前になったのはかなり近年ということがよくわかる。

最後の王室の効用である。現在中東の諸国を除けば、王室が外交の実質の権限を有することはない。あくまで国際親善などの政策変更をもたらさないものに限定される。

しかし、王室がその国を訪れる、返礼がある裏には外務省などの権限を有する人々が交渉を行うといったことがある。王室の存在はそうしたハードの部分をカモフラージュする、また公式の政治の中で伝えられないことを示唆するソフトの役割ある。具体的にはブレクジットでの王室のヨーロッパ各国の訪問や、平成天皇の戦没地への訪問が挙げられる。

王室外交は上記の通りあえて言えば有用性があるが、王室の属人的側面も大きく、リスクを孕んでいる。エリザベス女王の勲章の濃淡はエリザベス女王の在位歴などから問題とならないが、1つ間違えればイギリスとベルギーの関係を悪化させる要因となろう。実際にスペインやタイの王室などは、その在り方について批判がされている。

日本には天皇という存在があるが、それのありがたさ、責務というものを考えさせてくれるように思う。

山本健『ヨーロッパ冷戦史』ちくま新書、2021年

 本書はその名の通り、ヨーロッパの冷戦の歴史を描いている。ヨーロッパは冷戦の主戦場であり、そのため米ソの二大陣営の意向のまま動いているように理解されることが多かった。しかし近年の研究で西側陣営だけでなく、東側も陣営の国同士やソ連への批判があったことが明らかになっている。陣営内の賛否は確実に米ソという両陣営のリーダーの動きも制約することとなった。(ルーマニアの独自性など)

ヨーロッパでの冷戦が存在したことを示すものとして、1960年代のヨーロッパでの軍備拡大が挙げられる。米ソは部分的核実験条約、核不拡散条約の発効などでデタントが醸成されたと解されている。しかし、第二次ベルリン危機などから両陣営は通常兵器や核兵器の配備を進めていった。

他方で、米ソが80年代新冷戦と評される激しい対立が発生した中でも、ヘルシンキ会議の履行を進めるなど両陣営の融和を進めていった。

この通り米ソの対立を受け入れながらも、ヨーロッパの東西対立は時間を経るにつれ独自性を強めていった。

個人的にはソ連への批判が70年代からすでに強まっていたこと、60年代末の西側の通常兵器の拡大が興味深かった。

全体も正統派という構成で、冷戦を知ろうとする人がこれからまずは読んでいくんだろうなと思わされた。

山本圭『現代民主主義』中公新書、2021年

本書は20世紀の民主主義がどのように解されてきたかをまとめている。民主主義は、議論の的でありどうあるべきかが問われ続けている。

ポピュリズムの台頭の中で民主主義の在り方が問い直され続けていること自体が面白いし、議論されどれかの意見が素晴らしいというわけでもないところが、民主主義の問題の興味を引く点であり、他方関心を持たれなくなる理由ともいえる。